希望就職は行政書士事務所ブログ:30 1 2012
朝!って感じの朝ですー
ちょっと仕事先のことで落ち込んでいます
昨日はお風呂の前に、JOBAをやってたから
試しに一緒にやってみたら・・・
やるものじゃないと反省。
13時から、運動公園に出かけるというのに、
体が辛い。
パパに大阪駅のオススメとか聞いたし、
ちょっと行ってみようかな~とは思ってるんだけど。
あー、えび天丼も食べたいなー。
来年は3キロ痩せるとして(笑)
夏と冬は成長期だし~。
忘年会とかになると、ついつい飲みすぎ・食べすぎ、
そのまま休みに突入でゆっくりしよう
13時とか昼でもダラダラ食べたり、寝たり。
ここ数年、同じ繰り返しなんだよねー。
お年玉もあげる年になってしまったし、いとこの勉強家が
アマチュア無線技士に合格したとかで、去年は云々言われ・・・
ε-(ーдー)ハァ
そいえば、お正月は高いからって、会社の人が
こないだデンマークに行って来たらしい。
週明けになんかすごく良い物をくれるらしいけど・・・
プロ級ガリヤセセットとかだったら、笑えるよね。
健康マニアだから、あり得る話なんだけど(笑)
こないだも何食べてるかと思えば寒天ラーメン。
健康維持をしていて、なるべく自転車や徒歩らしく、
見習わなくちゃいけないことかもしれないよね。
すぐ車・・・なあたし
たぶん生活が全然違うんだろうな~って凄く思う。
とにかくまじめそうだしね。
みなさんの周りに、ひとりはいますよね?
たぶん・・・
さて、そろそろシャワーでも浴びて、ゆっくりお出かけの用意
でもしよっかな~
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2012年1月30日 | コメントは受け付けていません。 |
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希望就職は行政書士事務所ブログ:26 1 2012
オレがまだ小学校二年生の時、
普段無口な親父が珍しく
オレを花火大会に連れて行ってくれました。
それまで、
親父と二人だけで出掛けた事はなかったと思います。
たち並ぶ夜店にオレの視線は奪われっぱなし…
もし一緒にいたのが親父でなかったら
「あれがほしいこれがほしい」と、
店の前で地団駄を踏んでいたはずです。
でも親父の前ではなぜか
それが出来ませんでした。
しかし、グッと堪えていたオレの足を
ピタリと引き止める物に出会ってしまったのです。
それは、
赤や青 黄色に緑…と着色されたヒヨコでした。
目を輝かせ一心不乱に見つめていた
オレの心の声が聞こえたかのように、
親父はニッコリ笑って言いました。
「何色が良い?」
オレは緑のヒヨコを買ってもらいました。
オレは一生懸命ヒヨコの世話をしました。
ヒヨコは大きくなるにつれて色はなくなり、
普通の鶏になりました。
それでも飽きることなく
オレは世話を続けました。
そしてある8時、
オレが鶏小屋に行ってみると、
小屋の隅に真っ白な卵がありました。
嬉しくなったオレは卵を手にみんなに見せて回りました。
「お前が頑張って世話をしたから産んだんよ」
そう言って、祖母が卵かけごはんを作ってくれました。
それまで食べていた卵かけごはんに比べると、
甘味があって、最高に美味しく感じたのを覚えてます!
数年後、
祖母が亡くなって10日ほどが過ぎた夕飯のときでした。
卵をたった一つしか産まないまま、
近所の養鶏所に引き取られて行った…
あの緑のヒヨコの話しになりました。
親父は言いました。
「夜店に売ってるヒヨコは全部オスだから卵を生むはずがない」
オレは驚きました!
あの日の卵は
一生懸命に鶏の世話をし続けたオレを悲しませまいと、
祖母がこっそり置いてくれたものだったのです。
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2012年1月26日 | コメントは受け付けていません。 |
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希望就職は行政書士事務所ブログ:24 1 2012
高校二年の二学期早々に、
僕は学習意欲を喪失し、成績不振から登校拒否を起こした。
6時、「行ってきます」と出て、
図書館で24時間を過ごし、夕方帰った。
不登校四日目、自分なりに考え抜いて退学を決意した。
その夜、兄や弟たちが寝静まるのを待ち、
親父に言った。
困惑した表情をわずかに見せた親父は多くは語らず、
強く叱ることもしなかったが、こう言った。
…いいだろう。
ただし、もう1ヶ月だけ学校に行け。
そして、学校生活に全力で取り組んでみろ。
それでも決意が変わらなければ、退学して家の仕事を手伝うがいい。
僕には五人の子どもに分けるほどの財産はない。
ただお前たちが勉強したいんなら、
どんなことをしてでも大学に行かせてやろう。
それが、おまえたちに残すことができる財産だ…
1ヶ月後、あの決意をすっかり忘れて、
学校生活にのめり込んでいる私がいた。
この言葉は、
働きながら夜学に通い、
二十六歳で会社を立ち上げ、
叩き上げの商売人だった親父が
僕に残してくれた遺産だ。
西郷隆盛に、
「児孫のために美田を買はず」という遺訓がある。
「財産を残すと、子孫の精神が安逸に流れやすいからそのようなことはしない」
という戒めである。
親父は「児孫のために美田を買えず」であったのだろうが、
鍬だけは買ってやるから、後は自分の力で荒地を切り開き、
田畑を耕せと教えてくれたのだろう。
その鍬のおかげで、
僕は今日までともかくも生きてこられたような気がする。
そして、僕もまた、相変わらず美田を買えないままに、
使い古したその鍬を二人の男の子に譲り渡した。
今、男の子たちは、その鍬で汗を掻きながら田畑を耕している。
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2012年1月24日 | コメントは受け付けていません。 |
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希望就職は行政書士事務所ブログ:20 1 2012
ミーはお子様の頃からの音楽好きで、
どんなに環境が整っていなくても、
どうにかして音楽を身近におこうとして来た…と思う。
お子様の頃、ミーのために
親父が3オクターブくらいの
電池式の小さなオルガンを買ってくれたのがそもそもの始まり。
見よう見真似で、よく聞いていた歌…童謡などを、
そのまま弾いていたのを父母バカなママが聴き、
近所にピアノのうまい高校生のお姉ちゃんを見つけ、
まんまとミーのピアノの師匠にした。
その先生は当時16歳、
もちろんミーが一番弟子。
ちなみにミーのおとうとが二番弟子。
今度はスタンド式のちょっとこましなオルガンを買ってくれ、
バイエルなどを始めた。
その先生の見立てでは
ミーは音感に優れているらしく、
楽典も小さい頃から始めてくれた。
ちなみに、その先生は腕を買われ、
見る間に弟子を増やした。
その後、音大に進み
結果的に音楽を生業とするきっかけを
ミーのママが作ったことになった。
しかし、しかし…
ミーはピアノが確かに好きだ、好きな曲を弾くのはとても好きだ。
機会は減ったがそれは今も変わらない。
でも面白くないと思ったことには関心を示さず、
困った生徒?になっていったと思うが
この先生は若い(ミーと10歳違うだけだった)のに、
はっきり物を言う人だった。
「あなたはピアノを楽しむのは良いけれど、仕事にするのは考えない方が良い」と
ミーの妹弟子にあたる女の子に実にきっぱりと言ったのが、
今思うと二十歳くらいだったと思う。
そして、ミーについては天性のもの…
父母からもらった聴覚や指先のタッチ、表現力などについて
高い評価をしてもらった…にも関わらず、
一番練習嫌いの生徒であった。
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2012年1月21日 | コメントは受け付けていません。 |
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希望就職は行政書士事務所ブログ:18 1 2012
今日はなんとなく思った事を書きますね
なんでも、最近のアラサー女子の中には、
男性のようにヒゲが生える人がいるとか…
仕事中心で男性型の生活パターンになっていると、
体まで男性化してしまうことがある…ということらしいです。
それから既婚女性の場合、出産後、
「とにかくこの子どもをしっかり育てなくちゃ」
という思いが強くなるあまり、
「しばらくはオンナを捨ててがんばるわ!」というようなモードになってしまうと、
女性ホルモンが低下してしまうことがあるようです。
そうすると、それこそ太いすね毛が生えてきたり、
痛風など父親に多い病気にかかってしまったりする…
なんてことも実際あるみたいですね。
そしてわしの身近でもこんなことが…
親しい友達が2年前に出産し、
すでに仕事にも復帰しているのですが、
このごろ体の調子がすぐれず、
産婦人科で「ホルモンバランスが乱れているのでは」と言われたそうです。
友達はとても責任感が強い人なのですが、
産休明けにはがんばりすぎないように
ペース配分を考えながら仕事をしていたようです。
でも仕事復帰から一年近く経って年度も切り替わったので、
「そろそろエンジンかけて仕事もがんばろう!」と思い始めたところでの体調不良、
精神的にも少々がっくりしていました。
そんな友達とお茶しつつあれこれ話しているうちに、
「恋愛感情とホルモン分泌って関係があるって言われているよね」
みたいな話になりました。
そして
「確かに子どものことばかりになってたと思う。
しかも主人は子育てのことで何かしてくれても、
イマイチやり方とか考え方がズレていて、何だかがっかりして、
子どもがいればそれでいいや、みたいな感覚になってたかも…」
と、友達は話してくれました。
今日は、ここまで。
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2012年1月21日 | コメントは受け付けていません。 |
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